【コラム】
「新世紀エヴァンゲリオン」は僕等に何をもたらしたのか?

「もしも『エヴァ』が存在していなかったら、今のセカイはどうなっていただろう?」
考えるだけでも空恐ろしいことだ。今のような形でTVアニメは放送していないだろうし、あの名作もこの名作も世に出ていなかったはず……と、ドミノ式に未来が変わってしまう。まるでバタフライ・エフェクトだ。そんな思いを馳せるくらい、「エヴァ」は直接間接、有形無形の影響を現代に与えている唯一無二の存在である。

なぜ、TVアニメの潮流をたったひとつの作品が左右するのか?それは本作の劇場版公開直前の1997年の再放送に、理由の1つがある。深夜帯の放送にもかかわらず高視聴率を獲得したことで、「深夜にアニメを見る人がいる」というアニメーション業界の新たな発見があったのだ。そもそも「エヴァ」自体、夕方に放送されていたことが信じられないくらい、ハイクオリティ志向で、尖った内容だった。ファンは作品とその世界観を求める。言い換えると、商品(オモチャやステッキ)のプロモーションとしてのTVアニメではなく、作品それ自体が商品になったのだ。「エヴァ」のビデオ・音楽ソフト、関連グッズの売れ行きは凄まじく、高い作家性や共感性が強い商品になると気づいた映像メーカーや出版社は、企画の作り方自体を更新するようになった。「エヴァ」は、今日のアニメ界の礎を築いたのである。

「エヴァ」は次の世代のクリエイターも生みだした。

多感な時期に「エヴァ」に触れた人々の中には、その影響により進路を決意した者もいた。アニメ業界に若い才能が流入したのである。現在アラフォーのクリエイターがその第一世代。「涼宮ハルヒの憂鬱」のシリーズ演出などで知られる山本寛は、その影響を「エヴァの呪縛」とまで口にするほどだ。また、「エヴァ」をきっかけにアニメ業界へ多くの女性クリエイターが進出することにもなった。「エヴァ」の影響を受けた世代の作品に感化され、また次の世代が生まれている。「エヴァ」の影響を受け、「ひとりの思いがダイレクトに世界の命運を左右する物語」を描いた作品も現れた。これらは通称「セカイ系」と呼ばれ、2000年代に潮流となった。「ほしのこえ」、「最終兵器彼女」、「イリヤの空、UFOの夏」、「涼宮ハルヒの憂鬱」あたりは押さえておきたい。

こうしたムーブメントは、アニメオリジナル企画が世の中に受け入れられる素地があること、監督の作家性を存分に発揮しても、ときに哲学的で深淵なテーマであってもファンは付いてくることなどが確認され、その後次々にカッティングエッジな作品が生み出されていくことになる。

「エヴァ」が初めて放送された時、こんな未来は予想されていたのだろうか。それはNoでありYesである。1995年当時、番組はテレビ東京系6局夕方(うち1局は早朝)という、今の知名度に比べれば限られた範囲での放送だった。だが、当時の先駆的なファンは「エヴァ」の衝撃に打たれ、顔を合わせるたび、あるいはパソコン通信上で語り合った。インターネット環境が現在ほどカジュアルではなかった時代である。それでも、後追いの者は録画テープを貸し借りし、放送外地域のファンが相次いで雑誌の文通欄に録画テープを求めた。見逃したシーンを貞本義行のマンガやフィルムコミック(画面カットをマンガのような誌面に構成したもの)で追体験をするなど「エヴァ」経験はさまざまな形で行なわれた。その勢いは「社会現象」と呼ばれるまでに全国へ拡がって行ったのである。

これまでにない、徹底したキャラクターの内面描写。

先駆的なファンは、「エヴァ」の何に衝撃を受けたのか。第壱話のストーリーはこうだ。
海からは使徒と呼ばれる正体不明の巨大生物が侵攻し、街は戒厳令下に置かれる。主人公の少年・碇シンジは迎撃用の秘密組織に迎え入れられ、使徒に対抗するために作られた巨大な人型兵器・エヴァンゲリオンに搭乗する……。要約するとSFアニメのオーソドックスな展開に見えるかもしれない。だが、本作はドラマ運びが秀逸だった。

王道展開であれば、主人公が速やかに出撃する流れ。しかしここで大きな山場がある。シンジの父である秘密組織・NERVの司令が、到着したばかりのシンジにエヴァへの搭乗を迫るのだが、シンジは「いきなり乗れるわけがない」と拒否する。自らの殻に閉じこもり傷つくことを恐れる14歳のリアルな反応である。「乗れ」「乗らない」の押し問答が続く間にもNERV本部には確実に危機が迫る。シンジを見限った碇司令の命により、全身包帯巻の少女パイロットがベッドのまま運び込まれ、彼女は痛みに耐えて立ち上がろうとする。少女の痛々しい姿を目の当たりにしたシンジは、ようやく搭乗を決意する。

シンジはそれまでのアニメキャラの歴史を振り返っても、とりわけナイーブだと言われる。父親との確執が彼の人格形成に大きな影響をもたらしており、友人との距離感やパイロットとしてのやりがいに悩み、ときにはプレッシャーに耐えかね脱走を試みたりもする。他人と本気で触れ合うことを恐れ、表層的な付き合いに逃げるような人物像が、彼と同じ中学生にとってはもちろん、大人にとっても普遍的なリアリティとして共感を得た。'95年当時「エヴァ」を見ていた14歳には「シンジくんと同い年」という意識を強く持った者も少なくないだろう。

今も続く、「エヴァ」の謎解き。

「エヴァ」の魅力といえば「考えれば考えるほど解釈が広がって結論が出ない」ことも挙げられる。散りばめられた本作の"謎"の核心のひとつが「人類補完計画」。NERVの上位組織・ゼーレが人知れず進めている壮大な計画で、「できそこないの群体として行き詰まった存在である人類を、ひとつにする」ことを目指しているとされるが、登場人物がその計画の一部始終を語るシーンは無く、視聴者はセリフやモノローグの1つ1つから考察を重ねていくしかなかった。

すべての謎が容易には明らかにされないことで、「人類補完計画とは自己と他者とのコミュニケーションの暗喩なのでは」などと観た者が自らを省みることとなり、TVアニメである「エヴァ」が「自分のエヴァ」になるという経験をもたらした。すると今度は他人の意見と照らし合わせたくなるのが人間というもの。「まずは見てみろ!」とビデオテープを貸すといった"布教活動"がヒートアップし、ますます「エヴァ現象」は拡がっていった。作品が画面の外側に飛び出し、大きなコミュニケーション媒体と化したのである。

さらにTVシリーズの終わり方は、あまりに斬新だった。この「結末をはっきりと描かず視聴者に委ねる」ことや「過剰なSF設定」だけをなぞった作品も後に多く現れたが、そのほとんどは時代の徒花となった。作品自体のパワーや密度、バランス感からして、「エヴァ」はまさしくオンリーワンな存在だったと言えるだろう。

「エヴァ」は過去と現在、未来をつなぐ。

現代のTVアニメ作品は、多かれ少なかれ確実に「エヴァ」の影響を受けている。作品自体に見いだされる商品価値、作家性や共感性の追求、視聴者をも巻き込む壮大な世界観……これらすべてが「エヴァ」から始まったことだと言っていい。「エヴァ」に影響を受けた小説家や漫画家、映画監督なども数多く、その種は日本のエンターテイメントシーンに広く蒔かれ、次々に新しい作品を生み出す原動力となっている。そして「エヴァ」自身がアニメ・特撮・SFシーンに大いなるオマージュを捧げた作品であり、いうならば過去と現在、そして未来をつなぐ中核的存在なのである。

これまで「エヴァ」に触れたことがなかった人には、単行本完結の今が最も良いタイミングであるかもしれない。キャラクターデザインを手がけた貞本義行が約20年の歳月をかけて描いたコミックスでは、アニメで難解だった部分に具体的客観的な描写が付け加えられ、飲み込み易い作品に仕上がっているが、大きな謎については解釈の余地がまだまだ大きく残されており、「エヴァ」の本質的な面白さを完璧に備えている。さらに別の切り口で「本当の完結」を目指す「新劇場版」も、庵野監督自身の手により進行中。この機会に「エヴァ」の世界に一歩踏み出してみてはいかがだろうか。

(了)

文/日詰明嘉(フリーライター)

「人類補完計画」が遂行されていく中、人々はLCLの海の中に飲みこまれていく。
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