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ずっと読もうと思っていて読めずにいる本の話

第1回 2011.11 自分と似ている作家〜『風土』和辻哲郎 布施英利(芸術学者)

恩師の言葉とともに思い出した一冊

十数年前、大学時代の恩師と久しぶりに会って、こんなことを言われたことがあった。

「君が目指すべき道は、和辻哲郎だろう。あの文章は、君に近い。ぜひ『風土』を読みなさい」

その頃、私は30歳代の後半だったか。既に出版した本の数は20冊に近く、自分の世界の輪郭というのも、やや見えかけてきたときであった。恩師は、ありがたくも人生の指針を与えてくださったが、その時の私は「はあ」という程度で、そのまま聞き流してしまった。

『風土』といえば、モンスーンだの砂漠など、そんなキーワードから世界の文化を読み解く本という印象が、そのときもあった。さては若い頃に、いちど読んだことがあったのかもしれない。あるいは、誰かが『風土』の解説をしたのを聞いたことがあるとか、雑誌かなにかで、『風土』を論じたものを読んだことがあるのかもしれない。読んだことがあるのか、ないのか、分からない。たしかに、自宅の本棚には岩波文庫の『風土』がある。神保町の古本屋あたりで、買ったようだ。しかし、その家にある本の、ページをめくった記憶はない。

ところが最近、和辻の『風土』を、きちんと読んでみたくなった。『風土』だけでなく、その周辺の著作も含めて、深く読んでみたい。そんな思いがあって、ネットの古書店で「和辻哲郎全集」を買った。20冊で6000円と格安で、しかも元の持ち主は、買ってはみたものの、まったく手をつけなかったようだ。函のなかのセロハンのカバーも、そのままだった。

しかし本というのは、なんとか存在して生き延びていれば、いつか誰かが読む日もやってくる。我が家に宅急便で送られてきた「和辻哲郎全集」は、これからの日々、私の時間と共にあるはずである。

しかしなぜ、「和辻哲郎全集」などを買おうと思ったのか。きっかけは、これもまた我が書斎で長い間、眠り続けいていた和辻の『イタリア古寺巡礼』を読んだことだった。この角川文庫の奥付にある出版年は、昭和31年。私が生まれる前に印刷・製本された本である。こちらも、いつかのタイミングで、古本屋で買ったものらしい。裏表紙に、鉛筆で「¥80」と書いてある。美術書なので、『風土』よりも先に読むことになった。

和辻哲郎といえば、『風土』と並んでのロングセラーに『古寺巡礼』がある。奈良の仏像について書いた本だ。私は、美術大学で教師をしているので、学生を連れて奈良・京都の古美術研究旅行に毎年、行っている。そのバイブルの一冊として愛読しているのが、この『古寺巡礼』だ。この本は、戦前に出版され、召集令状を受けた若者が、日本での最後の思い出にと、この本を胸に、奈良を旅した、とも言われている。

しかし『古寺巡礼』は、なんどもページをめくって愛読はしているが、その文章のあちこちにある、著者の「パッション」が、どうも受け付けにくい。自分が歳をとっただけなのかもしれないが、若き和辻の情熱が、どうも私の心に届かない。自分には、仏像に「感動」とは別の何かを、文章から受け取りたい、そんな思いがある。しかし、精緻な検証に耐える、最新の研究書が良い、というのでもない。そちらはまた、正確さや客観性を求めるばかりに、逆に美術への「実感」が欠けている、という満たされなさを感じる。

Photo by Aya Shirai