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ずっと読もうと思っていて読めずにいる本の話

第4回 2012.02 もう一度、あの冒険へ『石器時代への旅』ハインリッヒ・ハーラー 角幡唯介(作家、探検家)

先輩冒険家の魅力に惹かれた

大学を卒業した年、Fさんというクライマーが率いるニューギニア島への探検隊に参加したことがあった。参加することになったのは、当時冒険旅行ばかり扱っていた代理業者のホームページで、隊員募集のお知らせを偶然見かけたのがきっかけだった。探検の内容はかなり刺激的だった。まず日本からヨットでニューギニア島まで航海し、マンベラモ川という密林を流れる川をボートで遡る。そして標高4884メートルを誇る同島最高峰カールステンツ峰の北壁に、高さ1000メートルに及ぶ岩登りの新ルートを開拓しようというものだった。

学生時代は探検部に所属していたので山は好きだった。海にも興味があり、もはや本当の探検は海底にしか存在しない、などと友人に高説めいた主張をぶったこともあった。それに探検部員のバイブルとも言える本多勝一の『ニューギニア高地人』には当然目を通していたので、ニューギニア島にも強い関心があった。岩、海、ニューギニアと、インターネットでたまたま目にした探検隊の内容は、私の興味をくすぐる三要素をいずれも満たしていた。この遠征が本当に実現したらすごい、と素直に、そして過敏に反応した私は、すぐにその旅行業者に連絡を取り、遠征を計画するFさんに会いに行った。

Fさんは恐ろしく魅力に富んだ人だった。彼がやりたいことと私がやりたいことは驚くほど重なっていた。

「ニューギニアの次はチベットのツアンポー川をやるつもりだ」と彼は言った。

ツアンポー川は私が学生の頃から探検したくてたまらない場所だった。

「その次はヨットでパタゴニアまで航海して、南北氷床の縦断だ。これはまだ誰もやったことがない」

即座にパタゴニアの南北氷床縦断が私の「やりたいリスト」に加わった。世界の同じ未知に挑もうとしているもう一人の人間が、赤坂の雑居ビルの一室で私の隣に座っていた。それは地球が想像以上に狭いということと、人間の想像力には限界があるということを示していた。

彼は日焼けで真っ黒になった顔に白い歯を浮かべ、私をニューギニアに誘った。

「行こうよ」

「わかりました」

私は彼のカリスマ的な魅力に一発で引き込まれ、ニューギニア探検隊へ参加することをその場で決めた。それだけではなく、この人と一緒にチベットとパタゴニアにも行こうということまで頭の中で勝手に思い描いていた。Fさんは規則に縛られない典型的な冒険家で、この探検から帰国した後に知ったことだが、登山界では過激な行動をとることで知られていた。だが、初めて会った私にそんなことは関係なかった。その時の私は、自分の人生を正しい探検の道に導いてくれる運命的な教祖に出会ったような気がして、単純にこの人について行こうと思ったのである。

『石器時代への旅』は、そのFさんが教えてくれた本だった。著者のハインリッヒ・ハラーは、ヨーロッパアルプス三大北壁の一つであるアイガー北壁の初登攀や、ブラッド・ピットが主演して話題となった映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』のモデルとして知られる有名な登山家だ。私たちの探検の最終目的地であるカールステンツ峰を初登頂したのもハラーで、この本はその時の登山と探検の模様をまとめた作品である。

ハラーは作家としても有名で、中でもアイガー北壁初登攀のことを書いた『白い蜘蛛』は名著の誉れが高い。だがFさんと会った時、私は『セブン・イヤーズ・イン・チベット』しかハラーの本は読んだことがなく、『石器時代の旅』なんて名前も聞いたことがなかった。しかしFさんは『石器時代への旅』こそ、ハラーの本の中でも最高の一冊であり、絶対に読んだ方がいいと私に薦めたのだった。

Photo by Aya Shirai