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ずっと読もうと思っていて読めずにいる本の話

第5回 2012.03 読みたい熱、ふたたび 『特性のない男』ローベルト・ムージル
 豊﨑由美(書評家)

未読の名作を告白するゲームに参加するなら

デイヴィッド・ロッジの笑えるアカデミック・ロマンス『交換教授』や、A・S・バイアットの偽書ものを絡めた恋愛小説『抱擁』に出てくるんだから、英米のインテリ界では有名なのかもしれないのが、「屈辱」というゲームだ。それは、自分がいまだ読んでいない名作のタイトルを各人が挙げ、すでにその小説を読んでいる他の参加者から一人につき一点獲得できるというもの。つまり、超有名な作品を挙げれば挙げるほど、屈辱とひきかえに高得点が得られるという自虐的なゲームなのである。

たとえば、トルストイの『戦争と平和』やドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、ジョイスの『ユリシーズ』、フローベールの『ボヴァリー夫人』、ホーソーンの『緋文字』、メルヴィルの『白鯨』あたりを挙げれば高得点が期待できるのだろうが、そのあたりはかろうじてクリアしているわたしも、実はプルーストの『失われた時を求めて』は完読していない。何度も挑戦しているのだが、そのたびに跳ね返されている。光文社古典新訳文庫から高遠弘美の新訳が出ているので、完成した暁には再挑戦するつもりだけれど、しかし、「屈辱」というゲームに挙げるタイトルとしてはふさわしくても、このエッセイのコーナーでプルーストを挙げるのはさすがにメジャーすぎて芸がない。ここはもうひとつの長年の課題本である、オーストリアの作家ローベルト・ムージル(1880~1942)の『特性のない男』を取り上げてみたい。

Photo by Aya Shirai