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ずっと読もうと思っていて読めずにいる本の話

第6回 2012.04 ダーウィンの呼吸 『人間の進化と性淘汰』チャールズ・ダーウィン 瀬名秀明(小説家)

進化をわかっていない作家といわれて

子どものころからマンガや小説を書くのが好きではあったが、『パラサイト・イヴ』まで科学を題材にしたことは一度もなかった。たまたまその長編でデビューした私は、その後ほとんどすべての小説で科学を扱うことになった。

サイエンスコミュニケーション分野のイベントや、学術シンポジウムに招かれて講演することもある。大学の特任教授もやったが、気持ちはいつも小説家だった。振り返るとノンフィクションの著作の方が圧倒的に多くなってしまったが、こんな経歴を辿るとは思ってもいなかった。デビュー以来ずっと心は、エンターテインメント小説の書き手だったからだ。

『パラサイト・イヴ』が生命科学と進化の物語であったため、チャールズ・ダーウィンの著作はいつも気になっていた。ところが私はダーウィンの本は一冊も読んだことがなかった。『パラサイト・イヴ』出版後、多くの科学者から好意的な評価をいただいた一方で、強い否定意見も頂戴している。「この作者は進化がわかっていないと思った」と私に直接お話しくださった進化学者もいて、さすがにあのときは気落ちした。あのときはシンポジウムが終わった後の夕食会で、私たちは同じテーブルを囲んでいたのだ。私はナイフとフォークを持つ手を止め、その人を見つめ返したが、何もいい返すことはできなかった。

ダーウィンの本なら岩波文庫に『種の起源』や『ビーグル号航海記』が入っている。購入して自宅の書棚の見えるところに置いた。しかし手に取る余裕がないまま時間が過ぎた。ダーウィンの伝記や進化にまつわる本はいくつも読んだが、それでも本家のダーウィンは、読むきっかけがつかめなかった。進化がわかっていない、と面と向かっていわれたことが、おそらくずっとわだかまりとして残っていたのだ。

Photo by Aya Shirai

撮影協力:ケヅメリクガメの「グラ」