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インタビュー 三上延さん

その1 「ちょっと怖い話が好きだった」

――『ビブリア古書堂の事件手帖』の舞台は北鎌倉ですが、三上さんはもともとその地域のご出身なのですか。

三上:出身は横浜なんです。2歳くらいまでいまして、その後は一時期だけ綾瀬市、厚木基地の近くに住んでいて、小2か3の時に藤沢に引っ越しました。なので藤沢で育ったという感じですね。

――読書の記憶といいますと、どのあたりから。

三上:最初は絵本から入ったわけですが、3つ上の兄に読んでもらっていたみたいです。僕は憶えていないんですけれど。途中から一人で勝手に読むようになりました。兄のための児童書は結構ありましたが、うちの両親はそこまで本は読んでいなかったようで、大人の本はあまりなかったですね。でも僕の親の世代って、全集を家にそろえておく世代だったので、うちにも一揃いありました。飾ってあるけれど誰も読まないっていう(笑)。それで、一人で読んだ本で最初に印象に残ったのが『おしいれのぼうけん』。いうことをきかない子供二人が押し入れに入れられて、そこで大冒険をする話なんですけれど、子供って押し入れに入るのが好きだから(笑)、僕もいいなあと思っていて。あと憶えているのは、当時、谷川俊太郎さんが訳した『マザー・グース』が話題になっていて、御袋が子供に読ませようと買ってきたんです。昔の童謡だから、ちょっと怖い歌や暗い歌が多いんですよね。だらしのない男が死んで、だらしないからバラバラになった体を部屋に散らかしっぱなしだっていう歌とか。生首がベッドの下にある様子がバッチリ絵になっていました。そういうのを、幼稚園くらいの頃にずっと眺めていました。

――怖いのは大丈夫だったんですか。

三上:怖がりだったのに、怖いものが好きだったんです。松谷みよ子さんの「モモちゃん」シリーズも好きでしたが、あれも意外と怖い話が多いんですよね。幼稚園の頃にちょうど『モモちゃんとアカネちゃん』が出たんだったと思います。モモちゃんが影をとられてしまったり、死神がやってきたりする。秀逸なのが、お父さんとお母さんが離婚してしまうんだけれど、その前の日々のなかで、お父さんが帰ってこなくて毎日靴だけ帰ってくる話があるんです。お母さんがそれを磨いておくと、毎朝靴だけが出ていく。まったく顔をあわせない夫婦を表現しているんですよね。お母さんが森のおばあさんに相談にいくと、「お前の亭主は歩く木で、お前は育つ木だ。だから二人で一緒にいたら枯れてしまう」と言われるのも印象に残りました。自立しなさいということだったんだなと後から思ったんだけれども。

――モモちゃんシリーズは可愛らしい話もいっぱい入っているのに、暗い話ばかり憶えていますね。

三上:親が普通にいい話だと思って与えてくれたんだろうけれど、僕が繰り返し読んでいるのはそんなところばかりでした。

――まわりの子供と比べても本好きだったんでしょうか。そんな風に言われた記憶はありますか。

三上:僕自身は外で遊んでいた記憶もあるんです。でも親からすると、昭和の子供の基準からするとまったく外に出ない子供だったようです。「外に行きなさい」と言っても、すぐ本を読みに帰ってくる。兄とは性格がまったく違うんです。兄は運動神経がよくて、いまだにスノボとかやっているんです。僕はやっぱり本が好きだった気がしますね。おもちゃで遊んだりもしたけれど、やたら読んでいた記憶があります。

――ほかにどんなものを読んでいた記憶がありますか。

三上:親が兄に買い与えた児童文学全集みたいなものがありました。『十五少年漂流記』や『ジャングル・ブック』などが入っていて、そちらの方にちょっとだけ目が移ったんですけれど、でも、小さい頃から癖みたいなものがあったんです。人に薦められた本が読めないんです。親に言われるんですけれど、小さい頃から本屋で自分で本を選びたがって、与えられた本には見向きもしなかったとか。2歳か3歳くらいからそうだったようで、いまだに「買ってやった本が無駄になった」と言われます(笑)。さすがに憶えていないんですが、僕の中に基準があったんでしょうね。なんとなく、この人が格好いいとか、この絵がきれいだとか、そんなことだと思うんです。子供だから細かいところまでは分かっていなかったと思う。大きな基準となっていたのは、食べ物が美味しそうということかな。『ぐりとぐら』なんかも、大きなカステラを作りますよね、あれを見て「食べたいなあ」と思ったり。

――漫画は読みませんでしたか。

三上:本のほうがメインでした。でも最初に読んだ漫画は憶えています。友達の家にあった『少年マガジン』に、『三つ目がとおる』が載っていたんです。「怪植物ボルボック編」の回で、写楽保介たちが地中に閉じ込められている場面が見開きになっていて。地表に出るかでないかくらいのところで次号に続くとなっていたんです。当時は漫画のタイトルも憶えていなかったし、後から単行本で読めるという発想がなくて、一体どこに出たんだろうとずっと気になっていていました。中学生になってやっと、あれは『三つ目がとおる』だったんだと分かりました。それで続きを読んだら、これが面白かった。自分が予想した以上に面白かったんです。

――『少年ジャンプ』も読みませんでしたか。全盛の頃ですよね。

三上:読みました。小6くらいの時に『キャプテン翼』が流行っていて、サッカーボールを蹴りながら学校に行っていました。いちばん印象に残っているのは『ブラック・エンジェルズ』。「必殺」シリーズみたいな話で、ブラック・エンジェルズを名乗る人たちが町の不良をボコボコにしていく。途中からバトルものになっていくんですけれど。主人公の武器が自転車のスポークで、それを頭にさすと開いた口の中にスポークが見えたりする。ひどいなあと思いながらも夢中になって読んでいました。

――ちょっと怖いもの、グロテスクなものが好きだったんですね。

三上:そうですね。小学生の頃に江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズもすごく好きで読んでいたんですが、読み切ってしまって、それで小4くらいから大人向けのものを辞書を引きながら読むようになり、その頃読んだのがこれで…。(と、古本を取り出す)

――江戸川乱歩の『一寸法師』。古い版で、化け物っぽい人が白い腕を一本抱えている表紙ですね。

三上:これは後で買い直したものだと思います。「二銭銅貨」や「闇に蠢く」が入っているんですが、「闇に蠢く」は穴の底に登場人物たちが閉じ込められて、食べるものがないからお互いを、じゃあって…。さすがに読んではいけないものを読んでしまったと思いましたね。乱歩も嫌になったらしくて、連載を中断したんですよね。

――(めくりながら)解説を山田風太郎と中井英夫が書いている。豪華。

三上:山田風太郎が書いている解説が面白いんです。乱歩先生が戦後社交的になったのはなぜか。乱歩先生は若禿だった、若い頃がそれが恥ずかしかったけれど、戦後、禿が恥ずかしくない年齢になったから社交的になったのではないか…って(笑)。山田風太郎はこの説を他の本でも推していて、僕は結構真に受けていました。

――解説の最後の一文がすごいですよ。「このコンプレックスで「人間椅子」「屋根裏の散歩者」「陰獣」などの名作が生まれたとすれば、人間、禿げれば尊しわが師の恩というべきではあるまいか」って……(爆笑)……で、えっと、本は買うことが多かったのですか。学校の図書室などは利用しなかったのでしょうか。

三上:図書室にも行っていたんですけれど、僕は本で面白い箇所があると端を折りたくなるんです。図書館で借りた本はさすがにそれはできないし、手元に本を持っておきたいので、どちらかというと本屋で買っていました。藤沢の有隣堂には自転車で通っていました。有隣堂って文庫のカバーの色が何種類かあって、選べるんですよね。あれが好きで。藤沢に引っ越していちばん嬉しかったことはそれですね。

――次から次へと読むタイプですか、同じ本を繰り返し読むタイプですか。

三上:次から次へと読みたかったんですけれど、月に何冊も買えないので、繰り返し読まざるをえなかったんです。だから『一寸法師』なんかを繰り返して読むことに。

三上延さん

三上延 (みかみ・えん)

1971年神奈川県横浜市生まれ。十歳で藤沢市に転居。 市立中学から鎌倉市の県立高校へ進学。 藤沢市の中古レコード店で2年、古書店で3年アルバイト勤務。 古書店での担当は絶版ビデオ、映画パンフレット、絶版文庫、古書マンガなど。 2002年に『ダーク・バイオレッツ』(電撃文庫)でデビュー。 『偽りのドラグーン』シリーズなど、電撃文庫で主にホラー、ファンタジーなどのシリーズ物を三十冊近く執筆。現在東京都在住。