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インタビュー はらだみずきさん

その1 「絵が得意な子供」

――いちばん古い読書の記憶って何ですか。

はらだ:3月生まれのせいか、幼稚園くらいの頃はまだ幼くて、あまり本を読んだという記憶がないんです。小学校低学年の頃のこともうろ覚えな感じで、兄に訊くと『ツバメ号とアマゾン号』を父に読み聞かせてもらっていたらしいんですが。表紙をよく憶えているのは『エルマーのぼうけん』。あのカラフルな絵がインパクトがあって、よく眺めていろいろと空想していました。どちらかというと外で遊ぶ子供で、好きな昆虫を捕まえていました。菊の花畑にくるハチをつまんでビニール袋にいれたりして。それで、小学生なのに中高生向けの昆虫図鑑を買ってもらって読んでいました。小学校高学年の頃には矢島稔さんの『昆虫おもしろブック』という本も読みました。松本零士さんがイラストを描いていたんです。読書感想文をたくさん書かなくちゃいけなかった時、僕はこれ1冊で10冊分書くという裏技を使いました(笑)。松本さんの絵がとても魅力的でしたね。

――ハチを捕まえていたとのことですが、刺されたりしなかったのですか。

はらだ:刺されましたよ(笑)。まあ、大丈夫でした。去年スズメバチに刺された時はグローブみたいに手が腫れて、さすがに痛かったけど。そういえばジガバチに刺されたこともありますね。もちろんハチだけではなくて、カブトムシやらカマキリやら、虫はいろいろ好きだったんです。その流れで『ファーブル昆虫記』も読みましたが、最初のフンコロガシのところでつまってしまって。『シートン動物記』も読みました。他に憶えているのは、あまんきみこさんの『おにたのぼうし』。岩崎ちひろさん(※いわさきちひろの初期の表記)の絵が気に入ってました。『エルマーのぼうけん』もそうだったように、好きな絵だと憶えているんですよね。

――ご自身で絵を描くのも好きだったんですか。

はらだ:絵を描くことと運動だけは得意な子供だったんです。小学校の同窓会に行くと「絵がうまかった子」として憶えられているようです。写生大会で、みんなに僕の書いた絵は必ず賞をとるだろうと言われていたのに、選ばれなくて、「なぜだ」って騒がれたことがありましたね。僕には理由は分かっていたんです。写生なのに、そこには存在しない花を描いてしまったんですよ。僕は黙っていたけれど、先生がわざわざみんなにそのことを説明したのを憶えています。その後、中学の時に県展で特選をもらいました。

――漫画は好きだったのでしょうか。

はらだ:多くの子供と同じように『少年ジャンプ』をはじめ、少年誌をかなり読みましたし、中学生の時にはなぜか少女漫画も読んでいました。陸奥A子さんが好きで、『おしゃべりな瞳』などは後から買い揃えました。田渕由美子さんなんかも。

――女性の姉妹もいないのに、面白いですね。

はらだ:雑誌はいろいろ読みました。小学4年生くらいから、なぜか『平凡』や『明星』ではなく、『近代映画』を買って読んでいました。同じく小4の時に、新しくきた若い女性の先生の家にみんなでカレーライスをごちそうになりに行く際、キオスクで『週刊平凡』を買って持っていってしまって、すぐ取り上げられました(笑)。ラジオは小学生の頃からよく聴いていました。萩本欽一さんの「欽ちゃんのドンといってみよう!!』という人気のテレビ番組がありましたが、あれは最初ラジオ番組だったんですよね。そのネタを使ってクラスで笑わないとされていた女の子を笑わせたり。あとは「オールナイトニッポン」。中学から高校までの間聴いていました。短い5分くらいの番組があって、男二人がぼそぼそ喋っているような、そういうのも好きでした。小学5年生の時に兄がラジカセを買ってもらったんですが、テレビのチャンネルがついていて録音できたので、素晴らしいと思ったのを憶えています。それまでは好きな歌を録るとき、テレビの前にレコーダーを置いて物音を立てないようにして録音していましたから(笑)。

――中学で読んだ本では何が印象に残っていますか。

はらだ:中学に入学した時に校長先生が朝礼でこの本を読めと言って、井上靖の『夏草冬濤』を挙げたんです。強制的に買わされたように記憶してるんですが、読みはじめたら面白かった。大人の本を読めたという喜びもあったんでしょうね。『しろばんば』『北の海』と、井上靖の自伝的三部作を遡りました。そこで読書の楽しみみたいなものを知ったのかもしれません。そこからは北杜夫さんの『船乗りクプクプの冒険』や、畑正憲さんのエッセイ『ムツゴロウの無人島日記』などを読みました。ヘミングウェイの『老人と海』も英語の授業に出てきていいなと思い、書店のヘミングウェイの棚の前に立って、それで選んだのがなぜか『海流のなかの島々』。その頃は何か、海に惹かれていたのかもしれません。

――書店にはよく行っていたのですか。

はらだ:雑誌をよく買っていたので書店には行っていました。でも棚の前で悩むんです。情報が少なくて、高校生時代までは何を選んだらいいのかよく分からなかった。兄や母の影響はありましたね。あれこれ本を薦められるというわけではなかったんですが、母は本好きで、小説家になりたらしいんです。「書いたものがラジオで読まれたことがあるのよ」って言われて、子供ながら、それはすごいことだと思っていました。実際に文芸部の冊子みたいなものに母が書いているものを見せてもらい、ああ、本当の話だったんだなとあらためて知りました。僕が小説を書くようになったのは、そういうことが刷り込まれていたからかもしれません。兄は大学時代にキャンパス誌の編集長をやっていて、作ったものを見せてもらっていました。兄こそ出版社に就職するのかと思っていたら、コピーライターになりました。ちょうど糸井重里さんとかが出てきた時代でしたね。今でも近所の人によく言われるらしいんですが、「あそこの倅が小説家になった」という話になると、みんな兄貴のことだと思うらしい。確かに弟のほうは、ただの悪ガキでしたから(笑)。

はらだみずきさん

はらだみずき

1964年千葉県生まれ。法政大学経済学部卒。商社、出版社勤務を経て、小説家としてデビュー。著書に“サッカーボーイズ”シリーズ(角川書店)『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』『サッカーボーイズ 13歳 雨上がりのグラウンド』『サッカーボーイズ 14歳 蝉時雨のグラウンド』『サッカーボーイズ 15歳 約束のグラウンド』、『赤いカンナではじまる』(祥伝社)、『スパイクを買いに』(角川書店)、『帰宅部ボーイズ』(幻冬舎)、『ホームグラウンド』(本の雑誌社)などがある。