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インタビュー 辻村深月さん

その1 「やはり欠かせないのはドラえもん」

――小さい頃からよく本を読んでいましたか。

辻村:最初は絵本だったと思います。私が生まれた時に司書をやっていた大叔母さんが20冊くらいの絵本シリーズをプレゼントしてくれて、それをよく読んでいたんですが、その中で愛着の度合いがそれぞれ違ったんです。最近になってネットで検索してみたら、私が面白いと思っていた『おひるねじかんにまたどうぞ』はまだ残っていたので、自分は見る目があったんだと思いました(笑)。武鹿悦子さんの絵本で、挿絵が西巻茅子さん。西巻さんは『わたしのワンピース』という、うさぎの子がミシンの前に座っている絵が表紙の絵本の作者の人です。それも好きでした。『おひるねじかんにまたどうぞ』はお昼寝が嫌いな女の子が保育園のお昼寝時間に眠れずにいると目の前にうさぎが現れて遊びに連れ出してくれるというお話しです。うさぎたちには「げつようび」「かようび」と曜日の名前がついていて、それぞれ赤とか水色の服を着ていて、その色が性格も表しているんです。火曜日は赤でおこりんぼ、水曜は水色で泣き虫、とか。今でも自分の中で、なんとなく曜日に色や個性があるのですが、それはこの本に出合ったからだと思います。しかも、奥付を見たら1980年2月20日に刊行されているんです。私の誕生日は1980年2月29日なので、当時出たばかりの本を送ってくれたんだなと気づいて感激しました。今、自分が友達の出産祝いに絵本を贈る時は、『ぐりとぐら』とか「こぐまちゃん」シリーズのような、自分が小さい頃から知っている定番を選んでしまう。そうではなく、当時出たばかりのものをオリジナルなセレクションで送ってくれたのかと思うと嬉しいです。

――おうちにはたくさん本があったのですか。

辻村:もらった本が雑多においてある感じだったと思います。絵本が好きでずっと読んでいたんですが、並行して漫画を読むようになりました。『ドラえもん』のコミックスが1冊2冊、家にあったのでそれをボロボロになるまで読んだりして。最初に読んだ『ドラえもん』は第12巻です。多くの家がそうだったと思うんですが、『ドラえもん』は1話完結スタイルで続きものではないから、第一巻から揃えていたわけじゃないんですよね。この12巻はドラえもんが小さな飛行機の上に身をまるめるようにして乗っている絵が表紙です。「コエカタマリン」といった声が固まる道具が出てきたり、あと、ドイツのお城に行く話があったり。ドラえもんが急にドイツ語を話すんですよ。それをおぼえて友達に「私ドイツ語少し知ってる」って言ってました(笑)。売れない作家の人が小説を書いて文学賞を受賞する話があって、それで世の中に文学賞があることを知りました。いろんなことを『ドラえもん』から教わりました。どの家にどの巻があったかで、どの話やエピソードに愛着があるのかが人によって違うのも、国民的漫画『ドラえもん』ならではですよね。

――辻村さんといえば、ドラえもんファンとしても有名ですよね。

辻村:最初はアニメからだったんです。物心ついた時にはもう、ドラえもんを知っていたというか。そこからコミックスも、順番に関係なくジャケ買いして揃えていきました。ですから大人世代の藤子ファンが漫画がアニメ化したものとして見ているアニメも、私にとってはコミックスと同等のものという印象です。それに『ドラえもん』は作品単体で切り離して考えることができなくて、生活や思い出と結びついていますね。小さい頃にお父さんがどこの店でどの巻を買ってくれたとか、みんなでドラえもん映画を観に行ったとか、録画したアニメのビデオに間違って違う番組を録ってしまってそこだけ抜けているとか。しかも『ドラえもん』自体が生活ギャグ漫画で、日本の情景というか、日本の子ども観がすごく出ている。だから自分にとってフィクションとノンフィクションの合間にあるものだった気がします。私がたぶん、「地方がスタンダード」だと思って小説に地方を書いてきたのも、どこの町にもドラえもんがいるという感じで育ってきているからだと思います。自分の町にいるとまでは思わなくても、すぐ隣り町にドラえもんが住んでいる、というような。ある時「ドラえもんってどこに住んでいるんだろう」って大人に聞いたら「東京でしょう」と言われてショックでしたから(笑)。

――密接に接してきたから、もはや『ドラえもん』のここが好き、とは言えないくらいでしょうか。

辻村:あ、でもやっぱりすごくよくできた漫画だと思います。たった十数ページに素晴らしい発想がいっぱい詰まっていますけれど、どのアイデアも藤子先生個人の人格というフィルターを通っている気がするんです。大人気作家だしいろんな人が読む漫画だけれども、それでも一人の読者に向けて真摯に書いた手紙を描かれているような印象があって、しかもその姿勢が生涯崩されなかった気がする。あとはドラえもんって、子どもと大人の中間のような存在なんですよね。普段は一緒に遊んでいるけれど、みんなで冒険する時は保護者、お母さんみたいになる。でも決して上からの立場でものを言ったりしない。あのドラえもんの距離感があるから、実際の友達ではないにしても、みんながメディアを通じて親しんでこられたのだなって思います。

――小さい頃は、自分が特別に”ドラえもん好き”という自覚はなかったとか。

辻村:みんなが好きで当然だと思っていました。高校生くらいの時に、クラスの男の子が「『ドラえもん』が好きだ」って話していて、みんなが好きで当たり前なのに何言っているんだろう、と思っていたら、ある時、その子が別の男の子とケンカしてたんです。もともとは「さようなら、ドラえもん」と「帰ってきたドラえもん」の話をしていたらしいんです。未来に帰ってしまうドラえもんに心配をかけないよう、のび太がドラえもんに頼らずにジャイアンに立ち向かう話。それを聞いた別の男子が「そんな話あるなんて知らないから読ませて」と言うから読ませたら、バカにしたらしいんです。話自体をけなしたわけではなくて、「お前『ドラえもん』なんか好きなのか」っていう感じで。その時にみんなが好きなものだと思っていたものでもそれぞれに感じ方が違うことを知って衝撃を受けました。ちなみにその時に涙ぐんで怒っていた男子とは、今でも仲のよい親友です。『ドラえもん』が特に好きだという人と話してみると、温度がちょうどいいんです。どの道具が好きかとか、どの話が好きかとか。それで、自分は人よりもドラえもんが好きなんだと自覚しました。好きなものを媒介にして話すことがこんなに楽しいんだと気づいたのもその時でした。

辻村深月さん

辻村深月(つじむら・みづき)

1980年山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞を受賞。12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞を受賞。幅広い作風と繊細な心情描写で人気を博し、今秋は『ツナグ』の映画化でも話題を集めている。ほか『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『水底フェスタ』『サクラ咲く』など著書多数。